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2002年10月29日


夜、GAGAにて『ボーリング・フオー・コロンバイン』を見る。いやいや実に皮肉がきいて最高。汚いデブ白人(マイケル・ムーア)が例のトレンチ・コート・マフィア乱射事件に迫っていき、アメリカの病いを暴くのだが、リンチが特別賞をあたえた理由もわかる。わがマリリン・マンソンのコメントがクール。

あと、渋谷に流れて、SのMとなごむ。

 


2002年10月25日


『猟奇的な彼女』チラシ用文をKに送る。いいのかオレで?最近韓国語が耳にここちよく
聞こえるようになってきた。

『テープ』パンフ原稿ファックス、やや固めになった。

さて、週末はノワールとしてのタルコフスキーを熟考しなくては。

藤沢周さんから『雨月』を送っていただく。

TVブロス反応が多い。
川勝氏の文章もピリオドの向こう側へつきぬけた感じ。
ありがとう。おれは行っただけなのに。

 


2002年10月21日


平林・小林コンビのおかげて1年をかけたライナーノーツ本がようやく入稿。
ありがとう、なぜこんなにかかったかは不明だが、世のなかには明かさないほうがいいこともある?


11・1のタルコフスキー・トークに間に合えば配布予定。おみやに。
ほかにもおみや用意してます。20人ほどだと思うから。

『ウエイキング・ライフ』サントラ解説原稿をインペリアルの財津氏に送信……失敗。
結局、宅配で。

 

18日は叶井の恐怖のアメリ接待夜で、口外しにくい業界話を拝聴したが、
本日は某宣伝会社の柳下接待に潜入したら、TVカメラがいた。

『猟奇的な彼女』話ほか。呑みが続くのはめずらしい。

軽メの腰痛がきたので、ミラクルボイスのミラクルハンドに気をいれてもらうことにした。
話題の、というか、わがマリリン・マンソンもコメントしているらしい
『ボウリング・フォ―・コロンバイン』を見る条件つきだが。

呑みの前に『ウエルカム・へヴん』試写。
誘われて誘われて最終日となった。
あとで、新築なった中央公論新社1階のカフェでSとお茶、馬鹿話。



2002年10月17日


早朝に五反田にナオミ・ワッツのその後を確認にいく。
元を見ていないが、出来はいいのではないか?
シアトルの暗鬱な天候が生きている。
テープじゃなくても、冬のシアトルはみんな死にたくなるとはだれかが言ってたな。

久しぶりに今野雄二さんとお会いする。若林サイゾー!がこまこまと働いていた。

みんなの反応。え、6年前にはいたんだ!!!!

なんのことか

わからないほうがいい文章もある?


2002年10月16日


初めての赤坂見附の試写室で、ミラマックスのお馬鹿映画を。
下ネタが8割?
なんか、ベタなフアンばかりで(客が)おもしろかった。
ドグマのプレスを熊田に脅さて書いたことを思い出した。


内覧試写のことって
柳下は内覧としか書かないが
中身は書いちゃいけないんだっけ?

 


2002年10月10日


このところ、コリアン・ムービーを連続的にみたが、面白かった。
とくに『猟奇的な彼女』にはとてもしあわせな気分を味わったのである。
猟奇という言葉にひかれていったのだが、ぼくの本と同じでとても読後感がいい(笑)。
主演のふたりのとぼけぐあいにすべてがかかっているがなんともいいのだ、このふたりが。

猟奇は純愛である、これって、いまのおれのテーマそのものではないか?

『火山高』で女の子が男ものの学生服を着たときの風情のよさを確認したが、

たとえばMのNなんて似合うだろう。

アルバトロスの叶井から、
秋にでる彼の成功話本のたしかに不気味な表紙が届いた。
あいつ、35か、若い。


2002年10月7日


きょうは差出人不明のテープが届いた。
やば。
ちょうど文春文庫のノワール青年、永嶋氏から

電話でエルロイ短編集の文庫解説依頼がありしゃべっているところだった。
COPYとしか表記のないテープ。

こんな芸を見せる映画宣伝会社はあそこしかないな、
と思っていると、やはりアスミックだった。

F社のT氏から電話。
GOサインがでた、とのこと。
しばらくノワ―ル漬けだ。

CASAとTAPEのプレス、
が今週入稿。

夜はきょうはツイン・ピークス
座談会というか同窓会。

 


2002年10月1日


ヘラルドでニコール・キッドマンの『バースデイ・ガール』見る。
チャップマンていい俳優だ。面白い。
キッドマン作品は当たりハズレがあまりない。

『ウエイキング・ライフ』のサントラの解説を頼まれる。
なつかしい男からの電話だった。

ライナー・ノーツを書いていて、

映画評はまだ書いていなかったころにビクターにいた男。

台風。

 


2002年9月30日


平林氏と樹の花で。
これまで本にしていない原稿を見せてもらう。
ミステリ・フアンに送る新刊になりそうだが、
これから体温をあげていかないとだめだな。

 


2002年9月24日


渋谷ブックファーストにて
ウデイ・アレンの伝記ほかを買う。
翻訳系売り場のI嬢に「柳下の翻訳をせっついたのはあなたでしょ」

というと、もちろん当たり。

彼女のような人にわれわれの本は救われていることを実感。
彼女たちが喜んでくれる本を書かなくてはいけない、と決意した次第。

部数はあまりでないとしても。

そのあと、タワーレコードへ行き、

『戦闘妖精、雪風』のDVDを探したが、ない!
これはいま一番みたいアニメだ。

代休中の中2の娘から携帯に。
『サイン』見たけど、あれお笑いだよね。

本田とHとお茶。


 

2002年9月2日


川勝編『午前2時のビデオショップ』原稿を早朝から。
テーマはフェラ映画。で、松久に教示ねがい、

『天国の口、楽園の終わり』にベストなシーンがあることを教えてもらい、

それをイントロにしようとして、確認事項がでてきて、
GAGAに電話。女性が出た。

Tだと平気できけるのだが、いない。
その女性も朝10時すぎの電話で

「あの……天国の口のフェラですが、ちょっとお聞きしたい」

なんて電話はうれしすぎるだろう。

オレだって朝からフェラ映画のことを書きたくはない。
「男の担当の人います?」

いた。


2002年9月1日


お昼から、シネマライズでマシュ―・バーニーの『クレマスター』5部作。
昨日は娘が見てきょうは父親の番。
1部は見ていてこれが50分ぐらいだが、3部は3時間の大作。
12時20分から始まって、20分の休憩を部の合間に挟み込みながら、
終わりは8時すぎという、学生時代に網走番外地オールナイトを文芸座で
見て以来の長丁場である。

痛めている三半規管はだいじょうぶか?
腰痛は?

しかし、そんなことをわすれるほどのおもしろさ。
アート系フィルムで、これだけの長さをゆっくりとした緊張で
押しきるパワーはすごい。
特に2がすばらしい!!

頼さん夫婦がほんとにうれしそうに毎回休憩時間にむかえてくれる。


ここでも多くの知り合いに会った。手塚真さんとは久しぶり。


2002年8月30日


アメリ・ビルの立ったアルバトロスのSが
いくつかの愉しみを届けてくれ、
映画秘宝から町山智浩『映画の見方がわかる本』いただき、
アルトマンの試写では、
若竹七海さんとお会いでき、
さて、アルトマン原稿に、ムジ―ル書簡集の書評に
マルホランド・ドライブを癒しとして論じる20枚が
週末仕事。

あ、宝くじ当たりました。
3000円。
もとはとれたな。

 


2002年8月28日


夜、『マイノリティ・レポート』試写。
いずれここに追加するツイン・ピークス日記のタイトルを
マイノリテイ・レポートとしよう、と試写状を見ながら思ったわけさ。
ぴったしだと思わない?
スピルバーグはマジョリテイ・レポートだろう。

エイガ・コムの駒井,平井両氏、映画秘宝の田野辺氏、映画ライターの久保氏、
『天国の本屋』で一躍注目の作家、松久淳氏、一緒にツイン・ピークスへ行った

日之出出版の杉本氏、バザーの田畑氏などと連続的に会う。

映画は面白かった、が、どんでんがえしのつるべ打ちは常套すぎるのではないか?

予告編で『ウェイキング・ライフ』を上映してほしかった。フィリップ・K・デイックつながりで。

その後、渋谷へ拉致され秋のスター作家とそのチングというかチンコの友人と呑む。
途中、映画宣伝のHが参加。ぼくの記憶はそこまで。
最近、よく記憶を失う。はは。

 


2002年8月27日


夜、打ち合わせ。
なんの?
ついに幻のライナーノーツの小冊子完成へむけて
ダイナミックに世界が動き始めたのであった。

申し訳ない待たせて。


平林ちゃんは
ぼくが高校時代に作った短歌を国際子供図書館で発掘、
いづれアートマニアで発表の由。
ちらと読むとこれがすばらしい。
歌人の道を歩むべきだったかな、と思えるぐらい。

この文章からみなぎるように
ツイン・ピークスの瀧をおがんでからというもの
一種のトランス状態にあり、
もうなんでも肯定的に受け入れる覚悟を決めた。

反動がこわいが、女もこわい。

 


2002年8月12日


柳下毅一郎訳の『ロバート・クラム ベスト』(河出書房新社)をいただく。
もっと前に着いていたのだがつい忘れ、きょうにしたのだ。

『ダウン』を見る。実はきょうじゃないんだけどきょうにしたのだ。

『ダウン』はリンチ・マニア必見である。
ツイン・ピークスからマルホランド・ドライヴへと90年代リンチを駆けぬける。
というのはツイン・ピークスのジェイムズ・マーシャルと
マルホのナオミ・ワッツが共演しているのである。
エレべ―ターが人を襲う、そこには恐るべき陰謀が秘められていた・・・
という常套句どおりの展開。


今週はスノコルミー行き。


2002年8月9日


大学祭担当、先端表現の鈴木隆介くんと渋谷で待ち合わせ。
じつは彼は芸大同期の鈴木隆夫の遺児なのだ。

葬式の日会ったときは麻布中3年だった。
彼から芸祭パンフに原稿を頼まれ、

テーマは無形というので
単位不足である教授と教務課に忍び込んだはなしを書いた。

娘は原稿軽過ぎといっていたが、
べつにいいだろう。
いろいろと話したが

楽しいらしい。
出たら大変だが、
在学中の楽しさでは芸大以上のところはない。

ほかに頁があいたというので、
自分の広告をだすことにした。ノーマン・メイラーばりに。
コピーは<ふたつの顔はしんどいぜ>というもの。
ブルータスとカーサ・ブルータスのポスターもいれることにした。
たまには会社孝行もしないといけない。

食事しながら、とても楽しい一夜となった。

 


2002年8月5日


シネカノンで夜、トッド・ソロンズ『ストーリーテリング』を見る。
最悪の状況下で見たが、すばらしい!!!
要するにこの監督のジョークの質が『ハピネス』同様

おれの琴線に触れるってことだ。

その後、ささやかなストーリーテリングを回転寿司をぱくつきながら・・・。
うーん。

『レッド・ドラゴン』解説(ハヤカワ文庫)の
仕込みをやらなくては。


2002年7月30日


美術手帖の阿部さんに
マシュ―・バーニー『クレマスター』エッセイ原稿渡し。

神田にでたついでに、東京堂へいくと、なんと改築中。
そういや、神田もここ1年以上来ていないような。


きれいな猟奇の一般読者浸透にお世話になったミステリ評論家、

千街晶之さんの『怪奇幻想ミステリ150選』(腹書房*)をみつけたので購入。

若い人だな。
この年齢、おれはまともな文章書けてなかったことに思い至る。

松浦亜弥のビデオの少女世界はサイコパスではないか、
などと考えながら、珈琲を呑む。

そとはあつい。


 注*原書房

 


2002年7月26日


渋谷のホテル街にシネカノンに届け物というか、
松久の息子への電車おもちゃをOにあずかってもらうために
訪ねたのだが、わからない。行った事がないから。
暑い。
ついにOに電話、うまく会社にいてくれて
救い出してくれた。
ラブホ街は迷宮だ。

あと、ブックファーストで、
ジム・クレイス『食糧棚』と、

ステイーヴン・ミルハウザー『マーテイン・ドレスラーの夢』購入。

カウンターで知り合いの女店員さんと会話する。

松久とのメール交換を愛読してくれているらしい。
こんど3人の会に招待しますね。


松久がUIP試写に来たついでに寄ってくれて、樹の花でお茶。
いよいよおれがキーパーソンの小説『恋火』の出版が本決まりになりそうで、
松久がブレイクの予感。

 


2002年7月21日


夕方、あたふたと東高円寺へ。
『きれいな猟奇』をおしゃれ女性のマスト本として

ハーパーズ・バザー誌で紹介してくれ、

あまつさえエスクァイア誌時代には5分のタランテイ―ノ取材を

堂々、独占インタビューとして表紙に打ち、

読者の憤激を買っても楽しそうにしていた豪傑女性編集者、

田畑さんの母堂の葬儀参列のためである。
黒服が歩いていたので、ついていくと、なんと火葬場。
間違えたようだ。

団地のおばちゃんがそそっかしいわね、とあきれつつ教えてくれた寺へ入ると、
いきなり柳下夫婦、本田敬、ほかにM嬢、K嬢と遭遇。
さらに足を速めるとアスミックのおばさん男、急がねば・・・

お、平凡社の日下部さん、
最後に妊婦、本田純子登場。
終わりましたよ。
ゲゲ。遅刻か。

坊主、失礼、お坊さんの法話が始まっていて、
焼香はそのあとに。これが長い、ありがたいお話であった。
ご冥福をお祈りします。

みんななにやってんだろうとやきもきしながら、
待っていてくれて、
ちかくで食事。


2002年7月20日


夢を見た。
質素な服の中学生の武満徹少年とその横の母親に、
なぜか大学生のおれが、

矢代秋雄の交響曲を聴くといいよ、
とN響公演のチケットを渡そうとしているのである。

 


2002年7月18日


朝、映倫の試写室で『REM』を見る。
断れないKのFの依頼。

初めての映倫試写室は赤いカーテンが印象的なところ。

ここで、『ツイン・ピークス』の試写でもやればしっくりきそうだ。
『REM』は・・・・おもしろかった、これが実に。

フランスでは『インソムニア』というタイトルで公開されたが。
家から外へでることのない映画だが、

それが段々と現実感覚に睡魔をもたらしていく。
ジェフ・ダニエルズの代表作になると思われる。

そのあと、Kの二人と食事。原稿の打ち合わせ。

帰ると『チョコレート』パンフが届いていた。

原稿を書いたのである。

電気椅子がらみの。

 

 



2002年7月17日


ユーロスペースのアメリとなるかどうかの勝負作『まぼろし』の

シャーロット・ランプリングのパーテイへ。
長女がちょこっとプレスに関係したこともあって、

娘に連れられて行ったわけだが、

入った瞬間に佐藤友紀を正面の椅子に発見、

とてもひさしぶりなのでうれしくなる。
いつもはフランスの吉武さんとかもいて、がぜん青春の気分?が。
わが愛する西嶋憲生がいろんな仕掛け人だが、

なにやら娘にそっと渡そうとする
怪しいセクハラなそぶり。
なにかと見れば、名刺を渡そうとしているのだった。
××大学教授。
おお昇進!よかった、よかった。隠さなくてもいいのに。

きょうの幸せはモデルのANNE嬢が
ぼくのフアンだと言ってくれたこと。

おれを信用していない娘の前で。
息子が一人で待っているので、中座・・・・。

 

 


2002年7月16日


芝山幹郎氏とひさしぶりに南青山でナイトタイム。
いつもボケ、つっこみが鮮明に分れて気持ちいい関係なのだが、
この夜もテンションたかく
招いてくれたO8の女性陣たちにサービスする。
ぼくはすごく小心なので、
ごちそうしてくれる料理の対価を考え、情報サービスにいそしむのである。

大半は捏造、あるいは模造情報だが。
高崎俊夫ネタというのはいつも
みんなを幸せにする。

ジェームズ・エルロイ推薦のノワールで
見たいのに手にはいらない(ビデオ化されていない)
たとえばCRIMEWAVE(1954)などの海外エアーチェックを
芝山氏に依頼。

 


2002年7月13日


昨夜は上野の元お風呂屋へ。

学生時代は暇だから、3時によく行ってお年寄りとのんびりしていたものだ。

ケネス・アンガーの新作上映(8時)を見に行ったのである。
やはり少しは風景が変わったとはいえ、この地域は落ち着く。
だれか映写機の前でしゃべっているなあと思ったら、
磯村昌史さんだった。元アートダイナミックスでいまはフリー。
映像はロンドンの展覧会でのアレイスター・クロウリーの絵画作品を

映像で追ったシンプルなもの。
しかし、アンガーはしぶとくクロウリーを信奉していることがわかる。

協力クレジットにジミ―・ペイジ(レッド・ツエッぺリン)の名があったことにも感動。

ペイジはいまどうしているのか?
4年前、女房との最後の旅行でロンドンのケンブリッジに行ったとき、

古本屋でクロウリーの『ムーン・チャイルド』美装本を見つけ買おうとしたら、

売約済みとのこと。残念だった。

色具合、イラストの風味すべて気にいっていたのに。
そんなことを、襲い来る睡魔のなかで考えた。

磯村は映写係もできるんだ。

彼に紹介されたギャラリーの女性は
椹木野依のカミさんだった。椹木はしあわせものだ。
ひとりとぼとぼ母校の前を通って、2ヶ月前、おれに珈琲をごちそうしてくれた
グリーンハウス側を通ったが、明かりが消えていた。


2002年7月12日


風間賢二氏から新著『きみがアリスで、ぼくがピーターパンだったころ』いただく。
ナナ・コーポレート・コミュニケーション刊、1600円。

早川書房から電話、『レッド・ドラゴン』新版の解説依頼。
映画のほうは最初あまり期待してなかったが、

エドワード・ノートンが出るときいて、
がぜん興味が湧いてきたばかりだったので、たのしく書けるだろう。

ケネス・アンガー、写真作品なにか買うかも。

 


2002年7月11日



bk1というオンライン・ショップで検索したら、

あおいという読者の方の『きれいな猟奇』評がまた追加になっていた。

これで、5人の方が評を書いてくれていることになる。
服部滋、赤塚若樹、藤崎康、新田隆雄さんたちの評に加わってくれたことになる。
グレイトだ。

こんなに評が集まったしあわせな本はほかの著者の項をみてもらうとわかるが、
ほとんどない。部数も多くないのに。

服部氏以外は知らないみんながリアクションを起こしてくれたことに

感謝するしかないのである。
汗ばんだ女性の二の腕につい見入ってしまったりしているばあいではないのだ。
『アメリカン・ノワール』の完成をいそがねば。

夜、『タイムマシーン』の試写に。
三島由紀夫賞作家と有楽町駅の珈琲ショップでお茶。

ケネス・アンガー、パトリシア・ハイスミス話。
アンガー展のことを忘れていた。明日、上野へいくことにする。

本が売れない話はいつもでる。
柳下はロンドンへいっていたようだ。

 


2002年7月9日



ウデイ・アレンの映画の試写を見に、GAGAへ。
川勝さんにニューGQのYさんと会った。
マダガスカル・・・、これが映画の恋のキーワードである。
早速、コリアンな女性に言おうと新大久保でうろうろしていたら
なにかお探し?
とやりて婆瘋の女性が寄ってきた。
そうかそういう場所でもあった。

ワールドカップの余韻はすでになかったが、
とにかく、O推薦の店で、どぶろくを呑んで
ひさしぶりに生き返った。

 


2002年7月3日



角川ホラー文庫から、風間賢二『ホラー小説大全』とどく。
先月、解説対談を風間氏とやったばかりなのに、もう本になってしまった。
肩書きは、ホラー映画評論家になっているが、
風間氏の肩書きがホラー小説評論家なので、字数を合わせたのである。
角川あとがき仕事は、
『ヴィドック』、『アザ―ズ』に続いて3冊目だ。

新入社員として配属されたのは宣伝部で、

ニッポン放送の『パンチ・パンチ・パンチ』の収録に立ち会うのが、初仕事だった。

芸能人がゲストのときもあった。
せんだみつおが司会だった。
ひし美ゆり子のエロな感じが最高だったな。

なんてことを思い出したのは、
当時のプロデューサー、上野修さんの訃報を新聞で何日か前読んだからである。
いつも有楽町駅前の立ち食いそばやで
おにぎりを調達していったもんだ。

 


2002年6月27日


夜、神宮球場へ。
息子と初めての野球見物。

息子は初めてだが、ぼくも2回目。

昔の後楽園球場で、王がホームランを打ったことを
記憶しているが、いつだったかわからないぐらい前だ。
1塁側に陣取る。
息子はなぜかヤクルトフアンなのだ。
ぺタジーニ・フアン。

梅雨の合間のすずしい心地良いナイター日和?
ぺタジーニが2本もホームランを打って、
ああ、おれもビールがおいしかった。
巨人に恨みはないが、渡辺的なものが嫌いなのでね。
二人でちびちびしながら興奮してると、
ああ、女などもういらない、とつくづく
一瞬だけだが・・・・。

しかし、メジャー・リーグの球場にくらべて、
食い物周辺を含め、圧倒的に貧しい。
シアトルに来年は連れていくことにした。

 


 

2002年6月26日


『TAPE』見る。おもしろい。
ネオ・ビート・シネマとでもとりあえず言っておこうか?
メデイア・スーツの映画はこれで、2本目。

アリシア・ウイットを見にいった『彼女の恋からわかること』に続いてだから、

ここ1ヶ月で2本目ということになる。めずらしいことではある。

『チョコレート』のビターズ・エンドも記憶のなかではじめてだったが、

劇場パンフに原稿書くことに。
電気椅子についてだが。くくく。

『TAPE』は『ウエイキング・ライフ』(これ、最高だが

のれないやつも多いらしい。佐々木がんばれよ。

『エピソード2』なんかほっといても客はいるから、

こっちに力いれてくれ)のリチャード・リンクレイターの

インデイ魂爆発の熱のある作品だ。

イーサン・ホークがいい。やつはビートだ。

元PのNとそのあと打ち合わせ。

電車で眠って、ロナウドのゴールを見逃す。
川勝仕事、はかどらず。


2002年6月25日


高橋康也氏の訃報を知る。

60年代感性には、氏のナンセンス論は刺激的だった。
もの思いにふけっていると、クロックワークスのF嬢が
少林寺サッカーにTシャツを届けに。

映画は見てないが、クロックワークスのアメリ的映画らしい。

やや間をおいて、こんどはオフイス・エイトのM嬢が、

ステイ―ヴ・マーテインの『ノボケイン』のプレスを持って。

マーテインが歯医者に扮したダーク・コメデイ。
FとMに共通するのは、
ともに以前、筆者の会社のバイト嬢だったということである。
ただずれていて、面識はないので、3人の会に招待しなくては、といいつつ
もう1年になるわけだが。

草思社の本田さんからいただいた『からくり民主主義』を
ちらちら読んでいるが、

これがまったくいつもは考えたこともないまっとうな世界の
まっとうな見方、感じかたを教えてくれる本であった。

 


2002年6月21日


夜、宇田川幸洋の出版パーテイ。
おれ以上に編集者の苦労が偲ばれる。

宇田川氏とは25年ほど前、一時同棲していた。
いや、ある翻訳のためやむをえず一緒に暮らしたのだが、
いつも自由が丘の中華料理屋で、

大量のにんにく焼きを食ってから、

互いに睡眠をとりながら、

あるいまはだれにもいえない翻訳にいそしんだのだった。

ほかにもかれとおれとの繋がりの強固なシークレットもあるが、
これもだれにもいえない。
なつかしい顔が多く、時の流れを実感した。
またネットでの連載再開依頼とか、
多くのあたらしい顔にも紹介されて愉しかった。
一番の喜びはイタリア語の字幕などで活躍されている

芳岡さんと再会できたことか。
じつは11年前の『映画の乳首、絵画の腓』のパーテイのとき、
茶碗を記念にいただいていてお礼をずっと忘れていたのだった。

『アザ―ズ』ノベライズの開設を依頼してくれた市川さんからも
妊娠を告げられる。おお、業界は妊婦ばかりではないか。
根岸さんに会うと、頭が陥没してから、日常がエロになったという。

うらやましい。

じっくり読むことにしよう。うだぼん、は。

 


2002年6月14日


ヘラルドで『インソムニア』を見る。
主役のひとりがはっきり姿をみせるのが、
1時間7分後(らしい、ほんとだろうね、後藤ちゃん)という
異色の構成だが、
とにかく刑事と作家の組み合わせはみょうにスリリングなのは、
『氷の微笑』を例にとってもわかる。

作家のマンションにまた心がうずく。


このところ落ち着かないが、

それは本をこのところ1冊も読みきっていないことからくる
フラストレーションである。

ギフォードでようやく救われている。

新聞夕刊『ザ・プロフェッショナル』用宣伝対談掲載。

この試みはじめでじゃ、ないかな。


2002年6月11日

夜、『チョコレート』を見る。
ソーントンも『バーバー』では電気を通されたが、
こちらでは電気を通す役、と大変である。
電気椅子はいまガスに席を譲り使われてないはず

だが、しかし、すごい発明である。

宣伝担当のビターズ・エンドの娘たちとおしゃべり。
ここが宣伝する映画を見るのは初めて。
娘たちは宝塚に金沢でとれた、というのが興味ぶかい。
しゃべっていて空虚な気がしない。
愉しいコたちであった。

川勝さんが、『ブルーベルベット』の特典付きDVDを
持ってきてくれたので、<樹の花>へ。

『エーテル・デイ』(文春文庫)購入。


2002年6月10日

<樹の花>に行くと、
新人の女のコが。よろしく、と挨拶しておく。
あ、窓際で読書するのは・・・・ご近所の・・・
やはり、池内紀さんだった。
お互い仕事してますね、と嫌味(?)な言葉。

『トニー・ダーコ』のプレスいただく。
いつもアスミックはプレスに力が入っている。

そのご、GAGAにて『ジェイソンX』。
デイヴィッド・クローネンバーグが冒頭で殺されたり、
お約束の女のコが必要以上に多く登場、ジェイソンを挑発する。
いや、素敵な10作目。
当たり前だがこわくはない。


2002年6月9日

 

子供たちと日本ーロシア戦を
みんなでぐちゃぐちゃしゃべりながらみたのだが、
みんな肝心のゴール見逃してやがんの。
ゲ―ムやったり宿題やりながら見てるからだよ。
おれも見逃した。
洗濯ものをかたずけているすきに入っていた。


新東宝の『明治天皇と日露大戦争』を見たくなったが、
ビデオになっているのか?

昨日はタワー・レコードへ行き、
トム・ウエイツ、クリス・アイザックの新譜と
モートン・フェルドマンの作品集を買ってきた。

夜、ツイン・ピークスを

日課のごとく見る。


2002年6月5日

娘に頼まれたサッカーの
パラグアイのユニフォームをゲットすべく、原宿へ。


カフェで、ギフォードの続きを珈琲を呑みながら3ページ分。
いい気分。無理やりな休息感の演出だが、
まあ、幸福になる。不幸でも。

そのまま、渋谷のタワー・レコードへ行き、
『サンセット大通り』の裏話本を購入。
あと、モートン・フェルドマンとクリス・アイザックの新曲CD。

なにか幸せくれない?子猫ちゃん。
眠い。本日の3人の会は、
だれにもいえない2人がゲスト。

秘密をかかえてるからね、この二人。

 

 


2002年6月4日

明日は、
『メン・イン・ブラック2』の宣伝にララ・フリン・ボイルが来日する。
『ツイン・ピークス』以来、顔がツイストしはじめ、さていまは?
見るのが怖いような。

女優でだれがすきかといわれれば、
一番はアリシア・ウイットかな。
『彼女の恋からわかること』(メデイア・スーツ配給)、このオムニバスを
見なくてはいけないのは、ウイットがでているからだ。
といってもなかなかいけないが。

日本−ベルギー戦。
微妙な時間だ。
あと、ひそやかに3人の会。


2002年6月2日

バリー・ギフォード『ワイオミング』をサッカー観戦の
あいまに、ぽつぽつ読む。
ギフォードを読んだ日には
ほかの小説は無駄の集積だ。


息子とベネズエラ留学生のバイロン君とおれで
ヤクルトの試合を見に行く予定をたてる。
これも息子小説の効果か。

真ん中の娘が、パラグアイのサンタクルスに
舞いあがっていて、うるさいのなんの。
そんないい男にみえないが。

上の娘がバリカンで弟をモヒカン刈りにしてしまった。
しかし、豊富な髪の量がうらやましい。

あ、カンヌ映画祭ドキュメント見逃した。

 


2002年5月30日


夜、
風間賢二とホラー対談。
かれの名著『ホラー小説大全』が文庫化され、
その開設(注:解説)がわりの対談だ。

 

角川ビル、なんかすごい。
編集のXがクローバーブックスから、

きれいな猟奇を注文してくれていたらしい。感激。
あとで、創作焼き鳥やへ。

 


 

2002年5月28日


夕刻、石原郁子さんのお通夜。

転移を本人に聞いたとき、妻のときの進行が頭にあったので、

これはなんとしてもはやく会っておかなくては、とほんの1ヶ月前、

『そして愛に至る』パンフ用の対談をすませたばかりだった。

うーん。

鈍痛。

家庭を維持しつつ、変態嗜好も辞さないという意味で、彼女は戦友にちかい。

あと、
中年3人で呑む。

バリー・ギフォードの新作『ワイオミング』を読みすすめる。

旅する母と息子の会話体小説。

いいんだ、これが。泣ける。

 


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