この世とあの世をつなぐ「バー」という場所で、今夜も物語が生まれる。
渋谷のワインバー「Bar Bossa(バールボッサ)」のマスターであり、人気エッセイストでもある林伸次さんに、初の小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)についてインタビューさせていただきました(取材したのは、2018年8月下旬です)。
恋愛は流行らない!?
――どのお話も好きなんですが、とくに、恋愛の始まりから終わりまでを春夏秋冬にたとえた「恋愛に季節があるって知ってますか?」が大好きです。冒頭から、語り手の女性の気持ちにシンクロして号泣しながら読みました(立ち読みができます☛https://cakes.mu/series/4128)。
林:僕は恋愛って、誰でも興味があることだと思ってたんですけど、恋愛というコンテンツは、もうウケなくなってるそうです。この本を担当してくれた編集者が「恋愛小説って、売れなくなってるんですよ」って。
この本は、小西康陽さんが気に入ってくださって帯の文章を書いてくれたんですが、男性でも女性でも年齢は関係なく「女子力」の高い人は「よかった」って言ってくれるんです。でも、そういう人って、少数派になってるんだなって。
できることなら永遠に続編を読んでいたい気持ちと、このすこし物足りないような感覚こそが贅沢なのだ、という気持ちとが交錯する。恋愛を人生のすべてと考えている人々のための一冊。
――小西康陽(音楽家)
――私なども、小西康陽さんが言うところの「恋愛を人生のすべてと考えている人々」のクラブに属する人間ですし、「恋愛とお酒と音楽がなかったら、人生なんて味気ない」と思うので、その3つがカギとなっているこの小説は、とてもツボにはまりました。生きていくのに不可欠な必需品ではないけど、人生の中で、他では味わえないような高揚感や幸福感を体験できるのが恋愛だと。
林:そう思います。
――恋愛も小説も、だんだん少数派の、時間とお金に余裕のある人しかできない「貴族の楽しみ」みたいになっているのかもしれませんね…。とはいえ、1500円前後で、人生最高のラグジュアリーを体験できるなんて、小説ってなんてコスパがいいんだろうと思いますが。
林:それって、すごく女性的な発想ですね。
――女性的ですか?
林:恋愛の中に文学的なものを感じてるのは女性っぽいですね。現実の世界を見ていると、男性はこれっぽっちも思ってない。
――そうなんですか。
林:男性はやっぱり「やりたい」っていうのが、すごく大きいんですよね。もう、どうしようもなく、それが初期設定になってしまってるんです。
――林さんは、そういうどうしようもない面をたくさん見ていて、人間をきらいになることはないですか?
林:いや、結構、そういうの、好きですね。「ああ、この人、やりたいんだろうな」っていうの、すごい好きですよ(笑)。
――カウンターごしに繰り広げられている男女の攻防戦を、ちょっと俯瞰的に見てるわけですね。とはいえ、恋愛相談が多いと、お客さんの恋愛話を聞くの、ちょっと疲れたな、と感じることはありませんか?
林:それはないです。仕事の悩みは類型化しますし、「ああ、このパターンね」ってあると思うんですけど、恋愛って、相手のこと、年齢のこと、ルックスのこと、お金持ちかどうかとか、それぞれに違うから、面白いですよ。
物語で鎮魂する
――『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』は、恋愛についての短編集であり、この本全体として、奥様へのラブストーリーになっているという構造ですね。
林:え? そうでしたっけ?
――若い頃に、小説家になると奥様に約束して、その約束を果たすために小説を書いた、と。
林:ああ(笑)、はい、そうです。そういう意味では、冗談抜きで、妻のために書いている部分はありますね。僕、有名になりたいっていう気持ちはないんですが、ただ、この本に関しては、本がちゃんと売れて、妻に喜んでほしい、という気持ちがあります。
――出版されて、奥様の反応はいかがでしたか?
林:妻が電車の中でこの本を読んでいて、「もう少しで、乗り過ごすところだった」と言っていて、それを聞いて「あ、よかった」って。引き込む力があるんだなって、ホッとしました。
――私はお能が好きなんですが、お能でよくあるのが、恋愛の情念が強すぎて成仏できずに怨霊になってしまった魂を、旅の僧が鎮魂して成仏させるお話です。林さんは、そういう浮かばれなかった恋愛を、毎晩、ここで成仏させているんだなと思いました。つまり、バーのマスターというのは、お能における旅の僧なんだって思って腑に落ちました。
林:同じことを別の方にも言われました。「こうして物語にすることによって、鎮魂させてるんですね」って。
――まさに「物語にすることで、鎮魂する」ですね。この世とあの世のあいだにある「バー」という場所で。
あと、この本を読んでいて、1つだけ「あれ?」って思ったことは、お客さんがひとりでこのバーに入ってくることで、Bar Bossaは「おひとりさま、お断り」のお店なのに…って。
林:この本を出してから、ときどき言われるんですけど、この小説の舞台になっているバーは架空のバーで、このバー(Bar Bossa)とは違うんです。
――えーっ、そうなんですか!?
林:これは僕の頭の中にあるバーです。
――渋谷にはない?
林:僕の頭の中にある渋谷のバーです。小説を読んでからうちのお店に来てくださって、小説に出てくるお酒を注文するお客様がいるんですけど、「すいません、うちはワインバーで、マティーニとか、カクテルはできないんです」って。音楽もボサノバしか流していませんし。小説の中のバーでは、ジャズとかポップスとか、いろんな音楽をかけてますが。
――この本を読んで、「Bar Bossaはワインバーだけど、じつは裏メニューがあってカクテルも頼めたのか…」って勘違いしてました。
林:最近、そういうお客様が増えてきたんで、「これはフィクションです。本に出てくるバーは架空のバーで、Bar Bossaとは違います」って書かなきゃって思ってるところなんです。
というわけで、小説の中に出てくるバーと、実在するBar Bossa、両方をぜひ訪れてみてください!
インタビューの後で…
恋愛こそ勉強が必要!
経験して傷つきながら学んでいくことも大切だけど、無駄な苦労は(女性はとくに)しないほうがいいですよね。
恋愛こそ、若いうちに正しい教育を受けることが必要だと思います。学校の必修科目に「恋愛」があってもいいくらい。
「恋愛」と「お金」、この2つは人間の「幸福」に寄与する割合がすごく大きいから、「恋愛」と「投資」は若い頃に学習すべきなんですよね。
どうしたらいいかと言うと、信頼できる大人から「心得」を教わるべきで、そういう大人が身近にいなかったら、本を読むのがベスト。投資については、投資の心構えを学ぶために、まずは橘玲さんの本を読むのがおススメ。
で、もしも、いま恋愛のことで悩んでいて、男性の気持ちが知りたいと思っている若い女性がいたら、まずは林伸次さんの本を読んで!と強くおススメします。男性心理がよくわかるのに加えて、恋愛でやってはいけないこと、やったほうがいいことがよくわかります(もっと早く読みたかった! 若い頃に林さんの本を読んでたら、私の人生はもっとキラキラしてたはず…)。
恋愛を学ぶための必読書はこれ!
林伸次『ワイングラスのむこう側』(KADOKAWA)
おまけ:カフェやバー、飲食店をやってみたい人の必読書はこれ!